加藤紘一の乱とはどういうもの?倒閣がうまく行っていたらどうなっていたのか

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首相候補とも言われた加藤紘一元衆院議員が、肺炎のため亡くなったというニュースがありました。
官房長官や自民党幹事長を歴任していたということや、党内派閥に立ち向かっていったという話題があったといいますね。

ところで、記事内には気になるキーワードが。
平成に入ってからは珍しく、「~の乱」という文字が使われていますね

2000年11月、森政権の倒閣を図った「加藤の乱」が失敗。02年、自身の元事務所代表の脱税事件で責任を問われて派閥会長を辞任し、自民党を離党。その後、議員辞職に追い込まれた。
引用元:ヤフーニュース

ここにある、加藤の乱って一体何なのでしょうか?

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加藤の乱って何?

加藤の乱とは、どのようなものだったのでしょうか?

ウィキペディアでも解説がありましたが、知恵袋ではもっと分かりやすくこのような概要が説明されていました。

2000年11月に第2次森内閣打倒を目指して与党・自由民主党の加藤紘一・山崎拓らが起こした一連の倒閣運動と位置づけられていますが、要するに総裁の椅子をめぐる派閥争いです
引用元:ヤフー知恵袋

森内閣を打倒しよう!として秘密裏に行われた出来ごとだったんですね。
派閥をめぐる争い、ということでしょうか……。

また、もう一つニュースのコメント欄から。

加藤グループが党の執行部に逆らって、
野党案にのっかって与党案の否決に回るとの作戦を密かに立てたんだけど、口が軽いからベラベラ喋ってすぐばれてしまい、執行部の野中広務が水面下で加藤グループ一人一人を潰して回り、気づいたら外堀を埋められていて、最後に涙目になったという情けない騒動です。
引用元:ヤフーニュース

与党の案を否決にしようと試みたということでしたが、周りにしゃべってしまうことで周りの人が次々に潰されていってしまい、気づけば1人だけ……という状況になってしまったということでした。

どうして起こったのか?ということについても、つぶやかれていますね。

もしうまく行っていたらどうなっていた?

もし倒閣がうまく行っていたらどうなっていたのか?ということについても議論されていますね
加藤の乱については、当時様々な意見があったといいます。
TwitterやYahoo!のコメント欄を見ても、それが伺い知れると思います。

印象としては、あまり良くはないのかな……

まとめ

加藤の乱とはどういうもの?ということで見ていきました。
官房長官や自民党幹事長などといった歴職に残るほどの実力があった人だということは
亡くなってから、その人物の過去の出来ごとについて思い出される……ということは、当時は大きな出来ごとだったんじゃないのかな~と思いました。

ご冥福をお祈りします。

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